ゆんの日記

さまざまな日記

マリウスの実家、ハイデルベルクに行ってきた

こんにちは、ゆんです。

 

SexyZoneの聖地巡礼のひとつ、ハイデルベルクに行きたい!という夢をようやく叶えたので旅行記。

今後ハイデルベルクに行く人の参考にもなったらいいな〜と思いつつ、記していきます。

 

【旅程】

2026/3/28(土曜)

ミラノ→(飛行機)→フランクフルト

2026/3/29(日曜)

フランクフルト→(バス)→ハイデルベルク

2026/3/30(月曜)*マリウスお誕生日*

ハイデルベルク→(バス)→フランクフルト→ミラノ

 

日本から行く場合でもハイデルベルクまで直で行く方法というのは中々ないかもしれないので、フランクフルトを経由してから行くのが良いかと思いかと。

フランクフルト⇄ハイデルベルクはICEという特急列車かバスで行きます。ICEだと大体片道20-40€(3500-7500円くらい/1€=183円)するので、私はFlixbusというバスで片道10EUR(1800円くらい)で行きました。どちらも早めの予約がお得です。言語が異なっても必ず公式サイトから予約することをお勧めします!言語わからないときはブラウザの翻訳機能を使ってください。

 

初日はフランクフルトの観光したのですが、メインではないので割愛。

ホステルのオープンスペースで声をかけてくれたアメリカ人とスペイン人と談笑して、アメリカ人が「日本好きで行ったことあるよ!日本の友達と言ったんだけど、聖地巡礼?ってのかな、漫画とその場所を照らし合わせて写真撮ったりしててなんかすごく、変?というか、ユニークなことしてたんだよね〜」と話してくれて「マジで言いづらいけど私も明日ハイデルベルクで聖地巡礼するの...」と伝えたらびっくりされました。聖地巡礼って確かに日本のオタク文化だよね。

 

2026/3/29

マリウス家の聖地巡礼

 

ついに、大念願、行きたい行きたいといいつつ全然行けなかったハイデルベルクへ!ハイデルベルク行きたすぎてドイツ留学を目指したり、ドイツ語を学んでみようと試みたり、なんやかんやあってイタリアに住んだり、紆余曲折経て、ようやく!

フランクフルトからハイデルベルクへのバスの道中でSexyZoneを本当に久々に聞いて、大好きで大好きでたまらないことを思い出したりした。忘れてるわけじゃないけど、悲しまないために蓋してるところはあるので。

 

そんなこんなでハイデルベルクへ到着。ハイデルベルク駅からマリウスの家までは徒歩20分、路面電車で数分のところにあります。

 

マリの家、最初どこかわからずかなりウロウロしましたが、ここのお店の真隣にあります。

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BIRKENSTOCK STORE

Hauptstraße 79, 69117 Heidelberg, Germany

 

そしてこちらが、マリウス家の入り口!

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出た!噂の!噂の入り口だ!

ついに!ついにだよ!ずっとずっと行きたくて!ようやく!!!!!

正直、大興奮。わーずっと行きたかったところだーやったーようやくここに来れた〜嬉しい〜。

1人しみじみここの前を通ったり近くのベンチに座ってゆっくりしてみたり。

 

そして夜会に映ってたところもちょくちょく撮りに行きました。結構全部近いです。

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ここは今お店が変わってますが、マリの家の入り口から歩いてすぐのところ。

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ここもお店が変わってますが歩いて2分のところにあります。向かいのアイリッシュパブを目印に置いておきます↓

The Dubliner Hotel and Irish Pub

Hauptstraße 93, 69117 Heidelberg, Germany

 

ここも歩いて5分くらいのところ。ここの教会が綺麗で素敵だな〜と思いました。

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Herkulesbrunnen, Heidelberg - Johann Martin Laub (1706)

69117 Heidelberg, Germany

 

あとは、マリの家の裏の広場みたいなところとかも行ってみた。

 

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↓これはマリんちから近いスーパー。だからなんだという話ではある。ここはpfandが店内にあります。ちなみにBismarckplatzあたりのREWEは店外にpfandがある。

pfandとは: 使い終わったペットボトル、缶、ビンの容器を返却することで0.25€/1本の返金が受けれる制度。返却すると金額の乗ったレシートが出てくるので、レジで提示するとその分差し引いてくれます。そのお店のレシートしか使えなかったりするので注意(REWEの違う店舗でレシート出したら同じ店でしか使えないって言われた)

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tegut... gute Lebensmittel

Hauptstraße 110, 69117 Heidelberg, Germany

 

と、これで一応聖地巡礼完。ミッション達成したので下記からは本当にただのハイデルベルク旅行記になります。ついでに色々見るところや泊まったところなど。

 

ハイデルベルク城

マリウスの家から歩いて20分くらいのところにあります。ケーブルカーでてっぺんまで行って、景色を一望できたりお城に入れたり。

ケーブルカー代を払いたくなかったので徒歩でてっぺんまで行きました。

ケーブルカーを使う場合は、ケーブルカーとお城の入場料がセットで購入できるみたいです。

写真みてもらったらわかるかもなんですが、この家々の位置からこの写真が撮れるところまでまあかなり登るのでその辺は各々の裁量で。

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お城の入場料は通常11€(2026/3月現在)、案内に書いてあるかよくわからなかったんですけど、イタリアの学生証見せて「学生!学生です!」て言ったら半額の5.5€になったので学生の方は是非。

 

お城は街が一望できるところやめちゃめちゃデカい樽、中でワインが飲める場所や薬事博物館がありました。

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ハイデルベルク城を出て、また坂を下ったり登ったりして15分くらいのところにも景色が綺麗なところがあるので余裕がある方は是非。

確かにこっちの方が景色いいかも〜と思った。わからん。ちょうどこっち登ってる時に晴れてきて神だった。

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Scheffelterrasse

Schlosshof 1, 69117 Heidelberg, Germany

 

夜ご飯はマリんちの近くのLöwenbräuというお店へ。色々あったけどドイツといえば!のソーセージとマッシュポテト、ザワークラウトセット。Bauernbratwurstって名前で16.5€。ビールは0.3Lのやつにした。

ソーセージとビールがめちゃくちゃ合う〜!あとザワークラウトが美味しくて最高でした。ここのお店の店員さんもみんな優しくて嬉しかった!1人でもカウンターがあるから心配無用でした。ハピ。

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Löwenbräu

Hauptstraße 127, 69117 Heidelberg, Germany

 

1人だったのでドミトリーに宿泊しました。めちゃくちゃいい感じのところだったので宿に迷ってるなら是非ここへとお勧めしたいです。

 

オープンスペースはこんな感じです。

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女性専用ルームと女性専用バスルームあり。どちらもめちゃくちゃ綺麗。一部屋最大6名。

キッチンもあって自炊もできます。コーヒーとシリアル無料。

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スタッフの方々がめちゃくちゃ親切で、チェックアウトした後もオープンスペース使っていいからねーっ言ってくれり色々気遣ってくれたりしました。

Hostel LOTTE Heidelberg (Altstadt)

Burgweg 3, 69117 Heidelberg, Germany

lotte-heidelberg.de

 

夜はここでドイツでは合法の豚の生肉(Mett)と0.5€のビールで晩酌しました。Mettはパンに乗せて食べるのがベタらしい。つまみとしてはこのままでも美味しかった。スーパーで売ってるので是非。

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2026/3/30

大体の観光は昨日済ませたため、この日は軽く観光程度に。あとスーパー行ってpfandをしたりしていた。

 

学生牢へ。こちらも学割使えて4€でした。ロッカーは1€か2€コイン必要ですが、返却されます。

かつて処罰の対象の学生が閉じ込められていたとされる学生牢。

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なんか大変な牢獄かなんかだと思って行ってみたのですが、中見てみたら意外とベットが1~2個に机、バストイレ別で「結構普通にシェアハウスとかと同じ間取りじゃない?広いし」と思ってたらキャプションにも「意外と快適でわざとここに入る人も」と書いてあってそうよな〜となった。キャプションは何故かドイツ語、スペイン語、日本語のラインナップ。日本人多いのかな。

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あとは本当は紹介してもらった川の向こう側(地図の川の上側)のルートも辿りたかったけど、何回もダラダラマリの家のあたりを散歩したので時間切れに。

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ホステル周りでネッカー川周りを散歩しました。時間があればゆっくりここでパン食べたり本読んでも最高だな〜と思ったり。

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そんなこんなで私のハイデルベルク旅は終了!1泊泊2日の旅だったけど楽しかった!そしてマリウスのお誕生日に来れたことも嬉しかった!

あと Danke schönをいっぱい言えてよかった。みなさんお馴染みあの 名曲「ダンケ・シェーン」のDanke schönです。

 

マリのおかげで美しく歴史のある街、ハイデルベルクを知ることができたし行くことができた!本当ありがとう🧡Danke schön🧡

 

 

世界一嫌いだった男が自担になるまで

田中樹、私が世界で一番嫌いだった男が月日を経て自担になるまでの備忘録。

 

私が嵐とセクゾのオタクをしていた頃、SixTONESはSnowManと同時デビューをした。嵐とセクゾ以外にあまり明るくなかったけど、友達に目黒担などいたのでなんとなく話を聞く機会もあったりした。本当に申し訳ないのですが、当時の記憶と感情を覚えてる範囲で綴るので正しくない情報もあるかと思います。ご了承ください。

 

めちゃくちゃ嫌いだった頃の記憶

※ここからド偏見すぎる当時の記憶を語るので、嫌な方は次の太字までスクロールしてください。

 

2020~2021年頃

当時何かと良くない噂が多かったり(SKY-HIの一件とか...)なんか確固たる理由もないのに本当に嫌いだったんですよね。田中樹さんがセクゾや嵐に何かしたわけでもないのに、めちゃくちゃ嫌ってた気がする。なんだか悪そうな人。何というか、名前とか顔を見たくない、みたいな感覚で。頼むから関わらないでくれ、という感情がつよかったような。

雑誌で「櫻井翔くんの連絡先が欲しいです」と言ってた田中樹さんに対して「菊池風磨に連絡先を聞いてくれ」と遠回しに断られていたことを印象深く覚えている。(違ったらごめんなさい)

彼の趣味が私とは相対するもので、私の嫌いなものが彼の好きなものという印象が強くて嫌いだった面もある。田中樹さんBADHOPが好きだという噂を聞いており(違ったらごめんなさい)、私もhip-hopは好きだけどどちらかというとchelmicoとかそっちのチルっぽい方が好きだったので川崎の治安の悪そうな人たちを好ましく思っていなかった。私の嫌いな音楽が好きな人=私の嫌いな人、だった。

そうなると私の中の田中樹のイメージはオラオラ系で何かとやらかして騒ぎを起こす人、関わってほしくない人というイメージだったわけで。そうなるとそこから深掘りして何か知ろうともしなかった。セクゾが好きなので菊池風磨さんとの関わりが深いのももちろん知っていたが、知っているだけでそれ以上追求する気もなかった。だって嫌いなので。ドリボで世間がふまじゅりだ!となっている時も1ミリも関心が無かったし、樹が関わっているものはセクゾが介入しようがなるべく見たくないと思っていた。ゲーミングチャンネルで、自担の佐藤勝利さんが出ていて見たくても田中樹さんが一緒に出ているなら見ないという選択肢を取るほどであった。セクゾのMCでSixTONES及び田中樹の話が出てもあまり聞きたくなかった。

 

 

田中樹という男を知る機会

2024年5月

自担、佐藤勝利さんとの番組「あべこべ男子」の放送のお知らせ。

某ジジイから「悪影響だから関わるな」と言われていたグループの人たちが関わるだと...?と思っていた。番組のコンセプトが「全てがあべこべな2人の共通点は友達がいない」だったので正直びっくりした。

田中樹さんって川崎の悪そうな友達いっぱい引き連れて夜遊びばっかしてんじゃないの?ギャルと夜な夜な遊んでいるんじゃないの?

 

友達が...いない?

 

そこで一気に脳内が「???」になった。ゲーミングチャンネルの視聴は諦めていたが、自担佐藤勝利さんの中々ない冠番組チャンス。正直見たいという気持ちがドン勝のため見た。樹が勝利くんを牽制してオラオラ言って勝利くんがまごつく様子が見れるのかと思いきや、2人揃ってゲストにドギマギして上手く話せずあたふたして終始2人の顔に「💦💦」とつくような番組に正直かなりびっくりした。

夜な夜な遊びまくってると思っていた人が、「家から一歩も出ずにずっとゲームしている」「好きな人に好きって言えない」と言い出した時から、私の田中樹というイメージが混乱しつつあった。それでも正直、私にとっては佐藤勝利さんを見るために存在している番組だった。ここでは田中樹という男が私の中で「世界一嫌い」から「まあ嫌いではない」になった。しかしこの時の田中樹さんの記憶はほとんど無く(勝利くんしか見ていないため)なんか料理できないけどアヒージョだけ作れるという情報を得るにして終わった。

 

ラジオとの出会い

2024年9月

一旦話が逸れるが、私はCreepy Nutsのオールナイトニッポンを聴きながら寝るのが日課だった。しかしある日、終了した。そこから私は寝る時のラジオでしっくりくるものを見つけられないまま時を過ごした。寝る時のいい音声がないと不眠になるため、かなり困っていた。

そしてある日、菊池風磨さんがSixTONESのオールナイトニッポンに突然出演することになった。もうこのときにはあべこべ男子も終盤に差し掛かっており、かなり田中樹さんへの抵抗がなくなってきたため、聞いていた。正直かなり面白くて、良かった。録音して繰り返し聞くくらいには当時好きだった。

そうして私がこのラジオが刺さったことをTwitterにだかなんだか記したのがYouTubeのアルゴリズムに組み込まれたのか知らないが、「【睡眠用】松村北斗フリートーク集」というのがおすすめ欄に上がってきた。正直毎晩、寝つきが悪くて睡眠用に何か安定した音声が欲しいと思った私は、まだSixTONESに若干の抵抗感がありつつも【睡眠用】という言葉に負けてその日はその音声を流しながら寝ることにした。そうしたら驚くべきことに、信じられない早さで寝れる。毎晩毎晩流してみるも半分まで聞けた試しがない。「あの〜」の低音ボイスから始まるゆっくりとした様々な説明。いまだにとろろ御膳を聞ききれない。いつまでタクシー乗ってんだよ、と思ってたら私はいつの間にか寝ている。ものすごい早さで寝れる。マジでありがとう松村北斗。声のちょうど良いトーンと長すぎる前フリのおかげで頑張って聞こうとすればするほどオチが遠くなり、私は素早く寝れる。Creepy Nutsのオールナイトニッポンがない今、私の中で睡眠導入のためのラジオとして確固たる物を見つけた、SixTONESのオールナイトニッポンだ!となったのだ。

 

そこからというものの、SixTONESのオールナイトニッポンをちまちまと聞く日々が始まり、SixTONES自体に興味はないけど、深夜ラジオリスナーとして好き、という状態で日々を過ごしていた。まあしかし、当たり前だがラジオを聴いていればグループにも詳しくなるし、グループに対してもいい印象を抱く。

 

田中樹という人間を知る

田中樹という男が私のイメージの中にある田中樹とはかなり乖離していた。メンバーの話やあらゆる説明の際に第三類医薬品のCMくらい注釈を入れて話してくれる。

「え、この人こんなに配慮するの」「配慮の枕言葉多くね」「もしかしてとってもいい人なのでは」という驚きの連続だった。ラジオの田中樹さんは川崎に悪い友達もいないし(私のイメージです)、ギャルと夜な夜な遊んでないし(私のイメージです)、むしろ逆で、ずっと何か批判の矢のようなものを恐れているように感じるし、全てを肯定で包み込むように話すし、なのに自分はリスナーにいじられに行くし、めちゃくちゃ人見知りだし、私が元々イメージしていた人間とは対極にあるのでは?と思わざるを得なかった。

ラジオの田中樹しか知らないが、おそらくこの人はとても優しくて気配りができる人なんだろうと思った。

この全方位包囲型の喋り方はおそらく数年色々なことを経て得たのだろうと思い、彼に飛んできた矢の数を想像してしまうこともあった。

 

オタクに引きずり込まれる

深夜ラジオリスナーとしてSixTONESが好き。でもそれ以上でもそれ以下でもない。ただ私にはSixTONESのオタクの友達がいた。話のネタとして、最近ラジオ聴いているんだよねと言えば、友達はエサにかかった魚をみるようにしてどんどん沼に引き摺り込もうとした(ありがとう)。友達の家でライブ映像を見たりYouTubeを見たりしてSixTONESを“映像”として触れる機会に直面した。その度に「担当決まった?担当決まった?」と言われたがここから半年弱くらい本気で担当が決まらずにいた。別にラジオが好きだから田中担と安直に行くわけじゃなかった。私は勝利担だし顔で言えば京本さんが好きだけどでもTwitterがこちら側すぎる...とか、松村北斗いいな〜でもな〜私が松村北斗のオタク側にいないな(ヴィレバン古着族タイプと仲良くできた試しがないという意)、などとマジで決まらなかった。私としてもラジオが好きだけで!それ以上でもない!と思っていたので。

 

そんなある日、樹が夢に出てきた。樹とデートしてた。めちゃくちゃメロかった。身長差っていいな、という記憶はある。

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夢に出てきたから好き、という本当に中学生のようなあり得ない思考だったが、おそらくトリガーだったのだろう。完全に田中樹という男に落ちることとなる。いつまで経っても人ってこんなことで沼落ちすることあるんだ、、とびっくりした。

 

その日から初めて私の中で夢女子という人格が発生した。夢で見た樹のメロさをまた体験したい!と人生で初めてまともに夢小説を読んだ。検索の仕方わかんなすぎて友達に教えてもらった。

それからというものの、暇さえあれば夢小説を読んでいた。同期や先輩が夢女子で、「〇〇くんと結婚するって本気で思ってる」ということを本気で今まで理解出来なかったのだが(だって結婚できないから)、初めて夢女子の思想を理解できて嬉しかった。私も本当に樹と付き合うと信じる日もあった。ちまちま休憩時間で読んでた夢小説が良すぎて会社の休憩ルームみたいなところで泣きかけた。確かにこれは付き合ってます、私と樹は大学の頃から同じサークルでバイトもたまたま一緒で家が松村北斗と近いです、みたいな錯覚に陥った。実際は社会人だし朝から労働してんのに。

 

まあそんな時期もあったが、元々夢女子ではない人間なのでそんな錯覚していたのも、たったの2、3ヶ月で終了。というか9月からイタリア移住でバタバタしてたので夢女子してる場合ではなかったというか。

 

そんなこんなで気づけば5、6年前に大嫌いで見たくなかった男の顔を、今は穴が開くほど見ている。私のオタク人生の中で今のところ1番のどんでん返しがあった人間。大大ギャップ萌えをしている。イタリアという地からの応援になり、中々現場どころか帰国というかなんか戦争始まって本当に帰路絶たれたので本当に真意で遠くからにはなってるけど、応援してます。

 

 

会社を辞めてイタリアの大学院に行くセクゾのオタク

お久しぶりです。

 

とってもとっても久しぶりに文字を書く気がします。

 

この3年半で大きく色々なことが変わったSexyZone。

私もSexyZoneも色々あったねと言わざるを得ません。備忘録として、この3年半の出来事を綴ります。

 

健マリのおかげで留学を目指し、timeleszになり増員のタイミングで留学するかも?になってたのでまあ...いいタイミングだったと思いたいばかりで。

 

2022年

SexyZoneの頃は現場だーーーいすきで節約しながらも給料のほぼ全てを現場に費やし、現場に行くことが生き甲斐で、SexyZoneを愛でることが人生の全てだったような気がする。

ザアリは最高すぎた夏だし、今でもあの夏を超える夏があるのかはわからない。当時も最高だと思っていた。

仕事の人間関係は最悪だったけど、ザアリは最高だった。

初のドームは開演前から座席で泣いている人ばかりで、私も開演前にどんどん人で埋まっていく東京ドームを見て、SZ10THの年の11月16日の勝利くんのブログを思い出して泣いていた。帰り道にゆにさんと東京ドームの空を見上げたのは今でも覚えてるな〜

 

2023年1月

私生活はそんな感じだったのに、新卒から一年経たないあたり。仕事で色々ありめちゃくちゃ辞めたくなる。(その前もめちゃくちゃ人生辞めたがってましたが、見たい方は過去のブログ参照してください)

辞めたくなる要因は以下の通り

OJTが無能すぎる(間違った資料で引き継ぎをして私が取引先から怒られるということを繰り返していた)

・会社のおじさん複数人からセクハラされる(複数回)

・仕事が暇すぎる

・給料がゴミ

 

社宅のおかげで家賃はほぼかからず、ボーナスも良かったがこの点が嫌すぎてとにかく辞めたかった。

あと、このローテーション作業をしている日々で何か向上するのか、このまま死んでいくのか、と思うとめちゃくちゃ病んだ。やっぱ人って何か目標に向かって頑張ってないとダメなんだ...と思った。

会社辞めたい+何か頑張りたい、何しよう...

ということで、やりたいこととして見つけた先は海外に行くことだった。

この時点で、私は人生でパスポートを持ったこともないのでもちろん海外に行ったことがなかった。

 

海外、行きたいな〜とぼんやり思った。

 

 

大好きなSexyZoneには遥々ドイツからきたマリちゃんもいるし、せっかくだしドイツとか、行きたいな〜、、ドイツは大学無料だし〜

そんなぼんやりした感じで、私は留学に行くための2年計画を立てたのでした。 

 

留学なんて人生で考えたことがなさすぎたため、大きな問題が2つ。

「貯金がない」「語学が皆無」

 

貯金がないからと言ってオタ活は辞められず、語学力に関しては中学生用のドリルから始めることに。金はなさすぎるので副業を始めることに。

 

2023年4月〜

定時上がりしてその後に夜12時まで副業で働いてまた朝7時くらいに起きて...みたいな日々を過ごしており、休日はもちろん現場。隙間時間でなんとか英語の勉強をしたいところ。

 

それで上手く行きたいところですが、そんなに器用にできるわけがなく。最初の留学決意後一年目(社会人2年目)はほぼ金を稼ぐことにばかり注力しており、英語にはそこまで注力できず...

あと普通に勉強の仕方分かってなくて中学生用のドリル終わったらすぐ難しいのに取り掛かって躓いて終わってた。英語のモチベとして中島健人さんが海外のラジオに出演していた回を何回も聴いて完璧に理解しようとしていたりした。なんか推しの子と遊戯王の話をしていて、最後に監督になりたいみたいなことしか覚えていない。

 

ドイツ行くしドイツ語やろう!とか言って中途半端に手を出して爆死していた(ドイツ語はとっても難しい...)

 

ドイツについても調べつつ、順調に計画分のお金は貯めて(?)現場にも行き、一年経ち、

 

2024年1月

SexyZone改名時期発表+中島健人脱退

 

もーーびっくり。私はなんのために生きていったらいいんだろう〜というくらい虚無に襲われてしばらくSexyZone聴けなくなったりしていた。

この頃、ドイツについて色々調べていくうちにアジア人差別がかなり酷いらしく、私もドイツ人と関わっていくうちに否応なしにそれを体験してしまうことが何度かあったので、ドイツにいくことを断念。もちろんドイツ人全員差別主義者だ!と言いたいわけでは全くないのですが、どうしても率が高いのは否めない。あとめちゃくちゃ寒いの無理です。

 

同時期に副業でゴタついて辞めることになったりしており。色々と考えさせられる時期だったな〜〜と思う。あとイタリアに旅行したりフランスに出張行ったりしていた。

 

そんなこんなで推せるか分からず、副業での人間関係がストレスでコロナになったり胃腸炎になったり、虚無を過ごしていた。体調回復後にイタリア旅行とフランス出張があったおかげでその時は病まず深く考えずに生きていけてありがたかった。

 

2023年4月

留学するための語学力が全く上がっていないことにようやく気づきます。

しかも自分で勝手に2年!て決めただけで誰にも強制されてないから、ダラダラしようと思えばできてしまうこの環境。良くなさすぎる。

 

ということで3ヶ月ごとに英語の資格試験を受けて目標スコア達成を目指すことに。仕事以外の時間で1日3時間ほど時間を見つけて勉強+仕事の日々が始まりました。

仕事+仕事(副業)が仕事+勉強になっただけすぎる。

 

2024年5月〜

業務内容に飽きていたため社内異動を申請していたが中々通らなかったが、飲み会で上司に言ったら通った。私は半年前から異動したい部署の人たちと積極的にコミュニケーションをとって異動させてくれないかとその上の上司にも頼んでいたりしたのにその時は中々通らず、悔しい思いをしていた。なのに飲み会で言ったら通るのかよ。

 

プライベートでは英語の勉強しながら、始まりつつあるtimeleszとしての初めてのツアー。

あまり行くつもりじゃなかった(?)のだが、行ってみたらSexyZoneの幻影すぎて楽しくて抑えつつもめちゃくちゃ行っていた記憶。いろんな友達が誘ってくれて嬉しかった。健人担の友達とかにも会った。

 

中島健人さんおよび葉マリウスユリウス成龍シュミッヒさんがいないのはやっぱり寂しいけど、半年ぶりに勝利くんに会えるの嬉しかったしライブはめちゃくちゃ楽しかったしこの時点でtimeleszめちゃくちゃ好きだったから「たむちゃんず」とか言っていた記憶がある。菊池構文がバズる前に内輪で遊んでたのも楽しかった。

 

2024年8月

知人に同行してニュージーランドへ。英語力の足りなさをまた実感したり、福岡公演の菊池のビジュ良かったと松島担から連絡きて、いいな〜と思うなどした。

もう、3人は最後かあ。来年はどうなるんだろう。と思っていた気がする。3人のツアーも例年通りめちゃくちゃ楽しかったため、かなり前向きに考えていた気がする。

 

2024年9月

オーディションが始まった。この頃はタイプロが大きな反響を呼び、全然興味ない人もみんな見るコンテンツになるなんて思いもしなかった。正直この頃からいやはや、、、と思っていたが、結局終了までその感情が変わることはなかった。勝利くんを見るためのコンテンツ。

タイプロより現グラタングミこと佐藤勝利のすべてに狂ってたので、佐藤勝利のすべてを知るべく、ダウ90000見まくっていたらそのまま転げ落ちてテアトロコント行ったり超能力少年に通うようになってしまった...

今でこそ大人気だけどこの前からスンスンに狂っていた蓮見のおかげでスンスンに狂うように。スシローコラボで初日の昼から仕事の合間にスシローに駆け込んでいたりした。懐かし。

 

仕事面では部署異動をして完全に出張ベースの業務内容に。平日はまるまる出張のため、朝の始業前に開いてるカフェ見つけて勉強してから仕事に行き、ホテルに戻ったらまたカフェに出掛けて勉強、みたいな生活をしていた。この頃は出張先の空いてる時間は完全にすることが無くなるからよく勉強していたような気がする。

休日は図書館に行って隣で分厚い医療関係の本を広げる医学生にビビりながら勉強していたりした。

 

2024年12月

出張先で上司にセクハラ発言される。取引先の人も「それはあかんですよ」とか言っていた。ようやく異動させてもらった希望の部署なのになぁ、と思いつつ、だからと言って妥協して働いてもこのようなことが今後も続くことは前の部署で知れていたので、「もうなんか、やだなー本当」と呆然としてしまった。ここで自分が我慢して得られるものが何もないためさっさと上の部署と人事に話を通して、3日後には支社から全ての荷物を引き払った。

 

2025年1月

今後について人事と話し合うことに。とにかくもう散々で辞めたかったため「辞めたいです。何も決めていませんが辞めたいです。」とうわごとのように言っていた。

しかし、どうしても次やることが決まらないと辞めさせないと頑なだったため、「海外の牧場で、牛とかと戯れたいです」と言ったところ本気だと思われてとりあえず精神疾患ないか確認するために休職扱いされた。不服。

 

精神的な異常はないためただの大人の夏休みが始まった。ずーーっとネトフリみてご飯食べて寝てネトフリ見る生活。楽しかった。

 

2025年2月

いい加減なんかやること決めるかーと思って動き出すことに。この時点でオーストラリアにワーホリするか、他の国に留学するか決めてなかったため、留学相談の初回荒らしをしていた。

他の国、どこにしよう、、と思っていたら年末に1人で飲んでいた時に隣にいたお姉さんに「クロアチアが良いよ」と言われていたことを思い出し、クロアチアについて調べ始める。

だが、クロアチアについて日本からの情報がなさすぎる。大使館に問い合わせとかするレベルで留学で渡航してる人が少ない。あまりの情報の少なさに断念しようかと思いつつ調べていくと、近くの国であるイタリアの情報がチラチラと入ってくるように。

イタリアか〜イタリアねぇ〜、、、

まあ、大学今募集してるところあるか調べてみるか。

あ、あるんだ。

イタリアの留学相談してるところあるのかな。

あ、あるんだ。

 

留学相談の人「募集締め切りまであと3週間?ゆんさん休職されてますしいけますよ!3週間で応募できます!」

私「やるか〜」

 

イタリアがチラついて検討してからここまで3,4日。ここで出願することを決意。

急いで必要な書類について調べて、集めて、書いて、校正に出して、までをなんとか2週間で仕上げた。

 

書き上げる頃には、タイプロのメンバー発表。

timeleszの3人最後のラジオをウキウキで聴いていたのに、天地をひっくり返したような感情で、なんだか虚無、虚無、虚無すぎて泣きながら勝利くんのイメソンカラオケを1人でして、また泣いていた。

正直、留学決意してよかったな、と思った。同時に、私のSexyZoneを愛した日々が本当に終了したことを思い知ってしまった。私が愛したのは間違いなく中島健人菊池風磨佐藤勝利松島聡マリウス葉の5人がいるグループだった。

 

2025年9月

あの勢い任せの決意から半年、私はイタリアにいる。

イタリア訛りの英語の授業は難しい。イタリア人ってみんな優しい。イタリア語はちと難しい...けど美しい言語だと思う。

週末は現場まみれの生活から一転、私の週末はほとんど図書館に捧げられている。

 

ご飯はおにぎりではなくパスタ。朝はスタバではなくモカで作るエスプレッソ。かりんとうを虎屋の羊羹のような扱いで食べている。

 

一年前の今頃は、イタリアで留学してるなんて想像もしなかった。新卒1年目の頃に初めて一人暮らしして仕事での人間関係が辛くて辛くて、独りぼっちだと思って追い詰められていたが、今は本当に生きてて良かったなと思う。

 

人生何があるか本当にわからない。

フォロワーと現場で「また来年!」とか「次のドームで!」と言い合う日々がどれだけかけがえのないことだったかと懐古してしまう。

 

また私も元気にオタクできたらいいなと思いつつ、今はイタリアでの生活を楽しみたいと思います。それでは〜

 

 

マリウス葉卒業に対する本音

マリちゃんの卒業に対する本音

2022/12/27
あの発表があり、私は真っ先に「まさか卒業するとは思っていなかった」という感情に襲われた。
それはどうしてか。“一定期間活動休止”の文字からして戻ってくるであろうと信じていたから。聡ちゃんの無期限活動休止とは違ったから。心のどこかで安心していた。
メンバーたちもこぞってマリウスの名前を出し、5人で、5人でと繰り返し発言していた。今思えば、時々発せれらる「この先どんな道が待っていようとも」という意味深な言葉も、「今まで5人でやって来れて楽しかった。本当に楽しかった。」という不自然な過去形にも目を背けていただけだったのかもしれない。

だからマリウスが卒業するということへの感情と理解の整理が必要だった。
まず、何故卒業ということに至ったのか。FC動画内で明確に語られてはいるが、その背景や心理に至るところは勝手に解釈して理解することにした。

マリウスが卒業を決意した理由としてはざっと2点が挙げられている
・今後、日本の芸能界で続けていく未来が描けなかったから
・新しい夢が見つかったから

この2点において、自分なりに解釈していく。

・今後、日本の芸能界で続けていく未来が描けなかったから
→では、今までマリウスが芸能界においてどのような点で特に継続が難しいと感じたのかについて考える。
マリウスが“SexyZone”ではなく芸能界に対して継続が難しいと感じた点。それはバラエティにおける扱いが、最もだと思う。マリウスは“ちょっと英語ができる発音のいいハーフの人”という扱いでしかなかった。彼が本当に伝えたい考え方や、こうあって欲しいと発信したいものは大体が雑誌の小さなコラムだった。彼の本質的な発信したいもの日本人の卑下や謙遜的な考えを逸脱したこんなにも素晴らしいのに、それを発信するよりも、世間としてはちょっと発音のいい人としか捉えられていない。
そんな扱いを数年受け、彼が今後、芸能界でバラエティで素晴らしい考えを発信できるのには一体何年の月日がかかるのだろうかと考えると、なかなかにすぐに希望が持てるものでもないのも、無理はない。

 

・新しい夢が見つかったから
→様々な学問を身につける中で、国際弁護の勉強もしていると述べてたマリちゃん。
彼が勉強好きなのは以前からのこと。勉強熱心でどんどん力をつけていくのにその方向とアイドルという方向の不一致にもどかしさを感じるのも無理はない。
アイドルもしたい。勉強も大好き。けれども、自分の今持っている力を最大限に発揮できるのは何かを考えたとき、二つに一つ決断をするならば、、、
とても賢明で冷静な判断ができるマリちゃんが素敵だと思った。
目指す夢とアイドル。どちらも叶えたいのは“みんなを幸せにしたい”ということなのに、どうして辿り着くところは同じなのに道だけはこんなにも変わるのかなと、正直寂しかった。
けれども、マリウスという人物が持てる能力を最大限に発揮するために、彼が彼自身と周りのこれからの人たちのために成せる力は今の決断であると、信じたい。


まとめ

正直、わたしが同じ岐路に立たされたら、同じ方向を選んだと思う。だからこそ応援したい。けれどもすごく寂しい。頭ではわかってるけど心が追いついていない。そんな年末だったし、今もそう。これからも、ずっと寂しいし、マリちゃんの幸運を祈り続けるんだろうな。

 

今までマリちゃんが日本で残してくれた沢山の言葉と考え方はこれからも大切にしていきたい。

 

人を愛するために、まず自分自身を愛そう

 

己を認め、愛し、そして人のために世界のために自分のために力を発揮する。
自分の綴った言葉に嘘偽りなく体現していくマリちゃんのことが、ずっとずっと誇らしいです。寂しさも、もどかしさも、全部誇らしさに変えていきたいと思いました。沢山の幸せをありがとう、マリちゃん。

セクゾのツアー回ってたら院試落ちた話

思い出したように昨年夏やばかったな〜という備忘録書きます。さら〜っと読んでくれたら嬉しいです

 

2021夏。大学四年生のわたし。

普通に院試受ければ院に行けると思ってたわたし。「たまに落ちる人いるけどね〜」という話だけで「ほ〜ん」と受け流していたわたし。

 

落ちるとも知らずに呑気でした。呑気すぎて普通2ヶ月前くらいからは手をつける院試の過去問に全く手をつけずSZ10THの札幌公演、福岡公演を全ステし毎晩酒を飲みながら佐藤勝利を生で拝める感動に包まれてしあわせな日々を送っていたわたし。

 

ついに院試勉強しないと本当にやばいという7月に突入(院試は8月下旬)。

やばいな〜やらないとな〜と思いつつ過去問が難しすぎて意味不明だったので私はSZ10THオーラスの仙台行き飛行機に乗るまでの空港でiPadと睨めっこをし、結局1文字も進まないまま空へと旅立ったのでした。飛行機の中ではタイムトラベル聴きながら爆睡してました。

 

気づいたら仙台にいました。気づいたらフォロワーと合流して気づいたらビールを酌み交わし気づいたら牛タン食べてました。翌日の朝にはきっちりニチアサ見てこだまさおり先生の作詞に合掌し、二日酔いの遺産を抱え現場の装備をしてセキスイハイムスーパーアリーナへと向かうオタク強制送還バスに乗り菊池風磨とヒップホップの歴史について語り合いました。現場ではバクステ最前という名のアリーナ最後列を勝ち取りPA卓に沸きまくるキショ機材オタクを発揮しながらもバラを片手に踊り散らしていました。

 

で、気づいたら地元に着いており現実に戻るわけです。ここで、「ア、やばいわ」と気付きます。気づくわけですけど時は戻らないしザ・ワールドは使えないので今から抗うか〜と毎日10時間くらい勉強し始めるんですけど、なんせ過去問が意味わからんくらいむずいので何も進まんわけなんですね。おまけに「勝利くんとオソロ♡」とぬかして金髪にしたのに勝利くん現場では銀髪だったし。(無関係)

 

やっと解けるな〜と思い始めた頃には周りはもう過去問解ききって大詰めに差し掛かってるですね。こちとら今スタートダッシュを切ったのに。遅いわ。遅いのはオーラスのときからわかってたけど...

 

正直やばいかな〜と思いながら挑んだ院試。でも落ちる人中々いないし〜とも思いながら挑んだ院試。解いたあと余裕だと思って解放感に包まれ、無事昼からビールを飲みました(大フラグ)。

 

翌日結果発表だったんですが、教授から「来年また受けるか、他の大学受けるか、就職。どれにしますか?」という湾曲な落選をいただき、能天気すぎて「さーて就職しますか」という言葉と共に美容院で金髪を暗めのアッシュブルーにしてもらいました。

こうして、セクシーに全力を注ぎ人生のレールが大きく変わった夏になりました。

気狂いの夏とセクシーゾーン

6月中旬、梅雨と言われる時期に関東でも味わっていない暑さの中、今年初であろう汗を流しながら札幌市内の照りつける日差しとそれを反射するアスファルトに若干の殺意を覚えつつキャリーケースをぶん回し真駒内セキスイハイムスーパーアリーナへ向かった。

 

SexyZone LIVE TOUR 2022 ザ・アリーナ初日の出来事。

1年ぶりにSexyZoneに会えるぞ!と意気揚々としていた。今回のライブは本当に楽しみであった。それもそのはず、ザ・ハイライトが好みすぎたのだ。SZ10TH仙台公演オーラス後の飲み会にて、アニメオタク出身のセクラバ3人で「セクゾに楽曲提供してもらいたい人選手権」を開催し、こだまさおり畑亜貴松井洋平などが挙げられる中で「STUTS!」と元気に空気の読めない解答をしていた私の言葉がまさか現実になるとは、、、と震えていた。

というか風磨くんと大体好きなアーティストが被るので風磨くん主体で構成されているものは大体私好みにもなるということで大大得なのである。

 

ここまでアルバムの端々まで癖に刺さったこともなかったので興奮と期待冷めやらぬまま会場入り。会場に入った途端セットが好きすぎて卒倒するかと思った。場所は下手ステージ側のスタンドだった。

クソでかSEXYZONEに挟まるSEXYZONEの皆さん、安全器具の諸々が手掴み紐のみで怖かったけど若さかな...そんなの気にせず輝く彼らに見惚れていた。テーマは80年代ということでベストテンや80年代ジャニーズのオマージュなど、なかなか好みの演出しかなくて「楽しすぎて死ぬんか?」という気持ちで放心していた。

ここで運命の出会いを果たす。昭和アイドルセクシーガールの皆さんである。私はそもそもセクシーの皆さんの女装が大大大好きなのですが、今回の聖子ちゃんカットを元にしたカツラや衣装が好きすぎる。そもそも女装というものは男のガタイの良さで女の服を着ると違和感があるから女装なのである。しかし体の線が細すぎるセクシーゾーンの皆さんは男のガタイの良さというには細すぎてワンピースが全員似合っているし、顔がもともと中性的すぎて女装に違和感がない。寧ろ女。女より女。マジで痩せようと思った。

ただ、女装といっても胸を増してる訳ではないので胸の部分が凹んで肋が浮くシルエットになるのだ。ワンピースを着てる人間の部位で肋が一番突出していてさらにけんしょりはすね毛が生えている。この一見粗雑な女装とポテンシャルが高すぎるが故の顔面周りの違和感の無さに脳がバグって女装への癖を拗らせることになる。

 

女装に脳がびっくりしつつも全体を通して最&高すぎて札幌の夜に「帰りたくない...」と泣きべそをかきながらジンギスカンと〆パフェを食う成人女性が爆誕し、帰ったホテルでセクシーガールの夢を見て体の芯まで女装が忘れられなくなったところで帰宅。

 

「あー!!!楽しかった!!!!」と大声で帰宅し(一人暮らし)、衝撃を受ける。

部屋が汚すぎる。

めちゃくちゃ綺麗に片付けて家を出たはずなのに、全くと言っていいほど片付けがなっていなかったのだ。一瞬空き巣や泥棒を疑ったが、そういう訳ではなくただ見えていたものの認識の仕方が違っていたとそこで気づいた。

 

ここで今まで鬱だったと気づく。その次の週に鬱を自覚した恐怖でどんどん鬱になり風呂場で自殺未遂をする。

原因は会社でのOJTからの教育指導のストレスでした。鬱の時点でわかっていましたが。頭では「会社はいたって優良。私がOJTを生理的に無理なことだけ我慢すれば全て解決」と理解しており頭が理解すればするほど心が追いつかずにしんどくなっていく。気休めで聞いていた休みの日くらい休ませての「あーあわかってるよ 甘いこと言ってるって」という言葉を反芻するほど心が蝕まれていったことにこのとき気づいていない。

休みの日に爆音でSummer Rideのけんしょりハモリを聞きまくりながら散歩することで精神を保ち、会社に行く日々。

 

会社を辞めようにも入りたてだし会社は悪くないしと悩みながらも、誘っていただき迎えた7月7日。ケンティの「織姫!」連発に元気をたくさんいただき、絶賛鬱病の私に聡ちゃんの挨拶が沁みすぎて本気で泣いた。一度こちら側の経験をした人の言葉はなんて優しく寄り添ってくれるんだと感動し、とても助けられた。冗談抜きであの時に聡ちゃんの言葉を浴びていなかったら今頃どうなっていたかわからない。

 

セクシーゾーンに会っている時だけは、全てを忘れて楽しめたし元気になれた。今まで普通に過ごしていた自分に戻れた気がしていた。一度自殺未遂をして死を間近に感じてしまったのは大いにあるが、言葉通りアイドルに命を救われる日がくるとは思わなかったし、彼らのことが好きで本当に良かったと毎日噛み締めていた。

 

とはいえ会社の環境は特に改善されないので、自分の心の持ちようだけではなんとかならず軽いパニック障害を発症。出勤してパソコンを立ち上げた瞬間に動悸が止まらず手が震えて文字が打てない。前を向けない。ただ周りからすると少し項垂れているようにしか見えないので自己申告するか、よっぽど酷くない限り気づいてもらえない。心ではしんどいと思っていない時でも無意識下でストレスやプレッシャーを感じると体に症状が出て仕事に支障をきたすのでいつ起こるかわからない恐怖と、自分の意志でどうこうできるものではないということを実感した。

私のは軽いものなので烏滸がましいのは重々承知だが、松島聡さんもこのような思いをしていたんだと思うと活動休止の際にあのような素敵な言葉選びができる彼は本当にすごい人だと心の底から思った。

 

平日はそんな状態で仕事をしていたので、休日セクシーゾーンに会って思いきり現実逃避をして楽しまないとやっていられなかった。側から見ると精神病なのに脅威のフットワークの軽さで全国を飛びまくりオタ活してる奴になり、こうして気狂いの夏が爆誕する。

 

何よりもノーストレスで大好きだけが詰められた今回のツアーが最高すぎてオタクの見る幻想を具現化されすぎてずっと「え!?夢!?」(引用:リンガリガリン後のモヤ)状態だったのに、実際会社にスーツ姿のセクシーゾーンさんがいないことだけが惜しまれた。本当にセクシーゾーンがいなかったら人生が終わっていたかもしれない。この夏、心の底からセクシーゾーンに命を握られ救われたことに最大級のSexyThankyou

 

 

 

嵐というエンタメを見た

すごいものを浴びた、最大のエンタメだったな〜

 

嵐の映画みてきたけど、嬉しくもなったし寂しくもなったし、楽しくもなってどうしようもなく悔しくなった。

 

正直、嵐が休止してから嵐という媒体に触れなくなったし、私の中の存在意義も小さくなっていっていた。だから正直嵐の映画見るのがとても怖かった。

 

どんな感情になるかな、寂しい気持ちになるかな、不安なまま、ろくに一年弱嵐に触れてない状況で見に行った。

 

一曲目の感謝カンゲキで私はとても寂しくなった。こんなに素敵なものに今触れ合えなくて寂しかった。2曲目、3曲目と大好きな歌ばかり聞こえてきて、久しぶりに嵐に触れたせいもあってか、とても新鮮に聞こえた。

 

そして、曲を聴きながらフォロワーとひたすら遊んだこと、嵐に会いに遠征したこと、旅行したこと、全部を思い出して誰もがなによりも楽しい思い出で、この思い出にもう戻れないことがとても悔しかった。

 

この一年弱、嵐というものから離れいろいろなサブカルに手を出していただけの日々で、本当に本当に久しぶりに心躍らされた。

 

エンタメの正解って、これじゃん

 

下衆な笑いをネタにするラジオ、キラキラしてるけどいまいち売れない、最近の流行りっぽい曲

どれをとってもなんだかイマイチだったのに、求めていたエンタメの全部の正解を叩きつけられたようなライブで本当に驚いた。

私が嵐から離れるという行いをしたら気づいてなかった素晴らしさだと思った。

 

同時に、嵐は、完璧すぎてこわいとも思った。人間はどこか欠けていてこそ人間味があると思う。だけど久しぶりに見た嵐は完璧すぎた。完璧すぎるのに、凡人らしい、なのにどこか別の次元にいるような、不思議な感覚だった。

 

嵐の曲は誰もが聞いたことがある、嵐がすきだろうがなかろうが小さい時から聞いてきた曲なのだ。走馬灯のように思い出が蘇ってくるし、ここ最近聞いた中でもダントツで曲がいい。曲が良質で、可笑しいほどに王道ポップスで、誰もが好むような音楽で、なんでこんなに屈託もなく素敵なのだろうと、心底思った。

 

映画を見ながら、ずっと何故嵐はエンタメとして最高峰なのか考えていた。まず、本当に驚くほど演出がいい。単純にカッコいいとかスマートだけではなく、そこにわかりやすさが存分に含まれてる。とてもわかりやすい、本当、ビビるくらいわかりやすい。わかりやすくて、カッコ良くて、スタイリッシュで、死ぬほどダサくて、幼さがあって、引くほどダサいのにカッコいい。

何事も飄々としてカッコいいだけではダメで、王道で国民的であるには死ぬほどダサいのにかっこよくないといけないのだと感じた。嵐はそのバランスが上手すぎる。死ぬほどダサいものは演出がダサいのに曲がカッコいいし、曲がダサいのは演出がカッコいい。その振り幅が極端ではなく、驚くほど普遍的に感じさせるくらい違和感がなくキャッチーなのだ。まるでインパクトのある馴染みの広告を見ている気分だった。

 

嵐の楽曲は何よりも小学生や幼稚園でも歌えるような曲が多くそれが幼稚すぎず楽曲としての質の良さがあるものが多い。ハダシの未来とかGUTS!とか。

それにダンスナンバーやバラード、様々なパートが絶妙な尺とバランスで成り立ってて飽きない。てか一回わざと飽きさせるターン作ることでよりグッと引き込むようにしてない?とか思う。

 

嵐はエンタメなんだ、てそう思った。彼らは1人の人でありながらキャラクター性が高すぎる。人間なのに偶像みたいな、嵐というエンタメを背負ったプロ集団の人間。

 

そんな彼らが人間として個性を発揮する場面で、やっとようやく嵐を応援し続けていた頃の感情を思い出せた気がした。

 

翔くんのピアノ、久しぶりに見たらあまりにも暴力的でびっくりした。不器用が全部出てる弾き方で、あまりにも雄。

強く弾くことは殴ること、弱く弾くことは平手打ち、みたいな暴力的な強弱のつけ方ととても繊細とはいえないメロディーに(めちゃくちゃ褒め言葉なので誤解なきよう)、最近テレビでは見ない雄の櫻井翔というものをめちゃくちゃ感じて静かに興奮した。

楽譜に大量の殴り書きの跡。あのスケジュールでここまで力強くもしなやかな、まさに櫻井翔にしかできない演奏にしたてあげたと思ったら彼が弾き終わるまで息が出来なくて、翔くんと同じタイミングで私も大きく息を吐いた。

 

潤ちゃんの指揮は邪念なく見たのが初めてだったのでこれまた新たな発見があった。松本潤という人間はどこまで勉強熱心なんだと心底驚いた指揮だった。たくさんの指揮者をみて勉強しないとできない動きだった。肩甲骨の動き方、細やかな指先のしなりと大きな体の動きのコントラスト。全て努力したことが背中からひしひしと伝わってきて圧巻だった。

 

と思いながらファルハーマジック潤ちゃオーケストラだね🎶ででにーらんどみたいで好き🎶とか思ってたので頭回ってんのか回ってないのかわからなくて爆発するかと思った。

 

呑気なこと考えてオーケストラの音楽に引き込まれて文字通り夢の中にいる気分になったら突然の砂嵐。突然夢から引き戻され、これは嵐のエンタメであると言わんばかりのぶつ切り。最高。これがセンスか、、、と脱帽。

 

先ほどの櫻井翔の暴力的な演奏と対比するかのような超繊細な大野智のダンス。大野智のダンス自体はとても細やかでゆらりとしているのに合わせる音楽がこれでもかというような猛々しいEDM。その融合が絶妙なバランスを保っていて、嵐は本当甘いとしょっぱい合わせるの上手いよね〜とか思ってた。

 

嵐のA・RA・SHI歌う前の20周年を振り返る映像大好きなんだけど、本当ド王道エンタメにダサすぎるゴシック体、嵐はもう生活の中に当たり前のように溶け込んでいたことを思い知らされる感覚だった。本当ダサいとセンスの紙一重が上手いよな〜と思ってたらクソでか立体ゴシック体で「ARASHI anniversary tour 5x20(ドデカ)」ドーン!!!キラキラキラ〜.....ティキソウソウ...

って始まってあまりの王道さとダサさが絶妙すぎて笑った。最高にエンタメど真ん中だよ。

 

本当嵐はこの歌を20年間歌い続けてきたんだな〜後ろの再現映像、茶目っ気あって大好きだな〜ほんと努力の賜物だよな〜とか思ってたら潤ちゃんのお尻がぷりぷりすぎて思考全部飛んだ。

 

あでい、久しぶりに聴いたけどやっぱり大好きで、あでいのイントロ聴いた瞬間に脊髄反射で「死ぬ直前に聴く曲はこれにしよう」と思った。

一曲、一曲にいろんな想いがあって、それを思い出しながら好きという感情を更新していた。

 

本当だんだん見てくと嵐を追ってたときの何もかもが好きで、彼らが真っ直ぐでいてくれたから私も真っ直ぐ愛せたんだなと思った。推してて若干のストレスになることがあっても、それよりも彼らがなによりも好きという愛の方が深かった。ずっと真っ直ぐで、たくさんのものをくれた。

 

こんなに素敵な最高のエンタメを今現在触れられないことがすごく寂しかったし、彼らが当たり前のようにやってることがどれだけクオリティの高いものだったかを映画を見た瞬間思い知らされた気がした。それはこの一年弱見てきたエンタメに私が救われなかったからということもあったと思う。結局何も背徳感無く愛することができるのが、嵐しかないんだと思ってしまった。代わりを見つけるのは無理なことだと知ってしまった。

 

嵐はステージに立つ時、尋常ではないプロ集団で真っ直ぐで完璧なのに普通だった。完璧なのに遠くにいる感じがしない。ダンスをしている嵐も、ふざけている嵐も、全部大好きだと思った。笑ってる5人を見るのが何よりも私にとって幸せでした。嵐に出会えて幸せでした。